※2017年1月29日追記
かな~り久しぶりにナナゲイ(第七藝術劇場)に来ました。
先日新聞記事で見つけた面白そうな映画『ヤクザと憲法』を観るのが目的です。
東海テレビ制作の映画は以前ここで観た『約束 ~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~』以来です。
上映開始1時間前に受付してきたのですが、既に49番目。反響の高さが伺えます。
外で時間を潰し、開始20分前に劇場に戻ったところ、エレベーターホールまで人が溢れかえっていました。ナナゲイでここまで多くの人を見たのははじめてです(笑)
内容を観るまで知らなかったのですが、大阪にあるヤクザの事務所が舞台になっているので、みんな関心があったんでしょうね。
本物の指定暴力団に100日間密着取材
取材班は大阪・西成区に本部がある指定暴力団、東組の二次団体「清勇会」(大阪府・堺市)の事務所に2014年8月21日から100日間におよび密着取材を慣行。
清勇会は東組創立者、東清の実弟である東勇が立ち上げた組織。東勇が引退すると川口和秀が二代目清勇会会長を継承した。同時に本家・東組の副組長でもある。
ちなみに指定暴力団とは、暴力団対策法(暴対法)3条に該当し、かつ都道府県公安委員会の指定を受けた暴力団のこと。2015年現在、全国で21団体が指定暴力団とされています。
取材に対する取り決め
映画の冒頭で取材の取り決めを組と交わしたことが明かされています。その取り決めは3つ。
- 取材謝礼金は支払わない
- 取材テープ等を事前に見せない
- モザイクは原則かけない
本編に登場する組員たちはすべて実名で登場。顔にモザイクはかかっていないし、音声に手が加えられてもいない。そんな条件の下で撮られた映像は文句なしに力強く、目を奪われます。普段テレビで目にすることの多い「加工された」番組とは比べ物にならないくらいのリアリティさがあり、制作側の熱意が垣間見えます。
冒頭のショットでは大阪府堺市のとある住宅街が映し出されます。そこに映る3階建ての建物。ほぼ周囲に溶け込んでおり、ランドセルを背負った小学生も通りかかります。しかし何台もの監視カメラが設置され、2階に見える扉は鉄製でなにやら物々しい。ためらいながらブザーを押すとその重苦しい扉が開かれ、その中にカメラが入っていきます。
事務所の入り口の分厚い鉄扉。通常の鍵ではなく鉄棒でしっかり固定。ここが普通のオフィスではないことを物語っています。
部屋住み
映画は若頭が主宰する総会からはじまります。組の会計報告や「誰々が直参になりました」「盃をもらった」「絶縁処分にした者がまだ大阪にいるようなので、改めて大阪所払いの知らせを出しました」などと報告。
その後で若頭が「おい、部屋住み」と2人の人間を呼び、一人に2万円をそれぞれ渡します。彼らは事務所の部屋住みと呼ばれ、住み込みで掃除や雑用などを行います。若頭に「あれは給料ですか?」とたずねると「給料ではないです。あれはこづかいです。煙草代。」と返答。どうやら「シノギ」を与えられるまでの下積みのようです。
法律違反じゃないですか(笑)
事務所の3階が部屋住みの居住スペース。洗面所や浴室もあります。
そして本棚。裏社会関連の本だけかと思いきや、犬や猫の本も。「刑務所にいるとこういった動物の本が癒しになる」とのこと。出所する際に持ち帰ったようです。
部屋住みの一人に、スタッフが床に転がっているものを指し「これマシンガンとかじゃないんですか?」と聞くと「バーベキュー用のテントです。そんなものあったら法律違反じゃないですか、ははは。テレビの観すぎじゃないですか?」と答える。
見た目はふつうのおっさん
カメラに映るのはまぎれもなく本物のヤクザ。でもその雰囲気はふつうのおっさん。事務所の様子も暇な中小企業そのもの。窓際で煙草を吸ったり、新聞を読んだり、テレビで高校野球を観たり、なんとものんびりとしています。
ニュースを見て「工藤会や(トップが逮捕された)…えらいこっちゃ」とか、新聞を読んで「(菅原)文太死んだんか。81(歳)って…もうちょっと若いかと思ってた」などと会話するシーンも。
1時間に1回、各事務所から電話での定期連絡があるようで、電話を取った若いもう一人の部屋住みがその電話を置いた後、彼の親代わりで舎弟の人が「はんこ押しといて」と言ってタイムスケジュール欄にシャチハタを押すシーン。一般企業と変わらない様子が映し出されています。
この電話番は当番制のようで、曜日ごとに決められていて(日曜日はなし)、6人で回し、何かあったら責任者として対応する模様。
ヤクザの組織図
ヤクザ組織は大きく親分(親)と子分(子)に分けられた縦社会。会長(親分・親/組長)を筆頭に、舎弟(親分の弟分)。そしてその下の子分として若頭(長男の位置づけ/カシラ)、若中(わかなか)、そしてその下に多くの子分がいる構造。
会長登場
二代目東組 二代目清勇会 会長、川口和秀が出勤(?)。カジュアルな服装にスラッとした体系、どう見てもヤクザには見えません。しかもこれで60歳を超えているのだとか。正直隣で飲んでいても一般人と区別がつきません。
本家の副組長も兼任しているということで、登場すると事務所内の雰囲気が張りつめているのがよく伝わってきます。
おしぼりとグラスに入った水をお盆に用意してそっと差し出す。それを当然のように手に取る。
会長の日常シーンにも密着。飛田新地や新世界にふらりと出かけ、街を案内してくれる。
とある飲食店のおばちゃんは「ヤクザが怖くないんですか?」という問いに「なんで? あんたおもろいこと言うな(笑) 怖かったら生きていかれへんよ新世界で。(川口は)元気にしてるか?とか聞いてくれる。警察は何してくれる? 何にもしてくれへんで」
個人的に印象に残っているのは、映画の後半で会長が選挙に行くシーン。ダウンジャケットを羽織ったカジュアルな出で立ちで、ほかの有権者に交じりながら投票箱に名前を書いた紙を差し込む。「ヤクザも選挙に行くんだ」と、なんともシュールな様子が目に焼き付いています。
22年にわたる服役生活を強いられる
そんな川口もほんの数年前まで、なんと20年以上も服役。きっかけは85年に起きたある事件でした。
キャッツアイ事件
キャッツアイ事件とは、1985年に東組清勇会と四代目山口組倉本組の抗争が勃発。東組の組員が殺害された報復として、東組清勇会の組員が尼崎市のラウンジ「キャッツアイ」で銃撃事件を起こす。その際に流れ弾で、当時19歳の専門学校に通う一般女性が死亡した事件。
捜査の過程で、警察は実行犯を逮捕するが、その組員は別のトラブルで川口和秀に絶縁処分を受けていた。警察は川口の指示による組織的な犯行との絵図を書き、組織のトップまで累を及ばすことを狙う。実行犯は実行犯で銃撃事件が川口の指示によるものとすることで、自分の刑を軽くできる。かくして虚偽の証言により、川口は逮捕。共謀共同正犯をでっち上げられ、22年にわたる服役生活を強いられる。その後2010年に出所した。
参考:山平重樹著「冤罪・キャッツアイ事件-ヤクザであることが罪だったのか」
なお、この事件で一般市民が巻き添えになったことから、暴力団対策法ができるきっかけの一つになったとされています。
銀行口座が作れない
そんな川口のもとには、組員から窮状を訴える内容の書面が舞い込みます。
- 運送会社が荷物を届けてくれない
- 出前を届けてくれない
- 銀行口座が作れないから子どもの給食費を現金で払おうとすると、ヤクザの子とバレて子どもが学校から追放される
- 子どもが幼稚園や保育園に入園拒否される
- 子どもの運動会などの行事に参加できない
- 大手保険会社との保険契約を破棄される
- 「反社会的勢力ではない」の蘭にチェックを入れて契約しているので、ヤクザであることが分かると詐欺だと言われてしまう
- 訴えられて弁護を頼もうにも引き受けてくれる弁護士がいない
詐欺未遂から家宅捜索へ
先の保険契約の件とも関係する事案が取材中に発生します。
組員の一人が、自家用車が壊れたので、保険会社に保険を降ろすように頼んだら、わざと車を壊した詐欺ではないかと疑われてなかなか保険金が下りない。
「そんな微々たる保険金のために自分の車をわざわざ壊したりします?」と組員は取材者に語ったものの、結局詐欺未遂で逮捕されてしまい、組事務所も家宅捜索に。
その家宅捜索(ガサ入れ)シーンもカメラは追いますが、大阪府警のマル暴はどっちがヤクザか分からないようなカマシをカメラに晒します。
誰でもヤクザになる可能性はある
今回逮捕された組員が語った自身の生い立ち。
非常に貧しい家庭に育ち、中学を出て就職。暴走族も経験。
元々はカタギで、25歳頃結婚して子どもも授かったが雇い主が給与を払わなかったり、取引先がお金を持ったまま消えたり、どん底にいた時に食べ物、寝る場所、風呂などを用意してくれたのは兄貴だけだった。「困ったときは言え」という人はたくさんいるけど、本当に助けてくれる人はいない。ヤクザになったことに後悔はないと語る。
同じ状況に陥った時に、自分だけはヤクザの世話にならない、などと自信を持って言える人がどれだけいるだろう。
基本的人権の尊重
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
出典:日本国憲法 第十四条
まさにタイトルの通り、基本的人権が明記されている憲法との相違が垣間見えるシーン。憲法14条が定める「法の下の平等」に、ヤクザは含まれるのかという問題を指しています。
元山口組顧問弁護士 山之内幸夫
この映画ではもう一人、焦点を当てた人物がいます。元山口組顧問弁護士の山之内幸夫氏です。
登場の場面において、天満(大阪市・北区)にある弁護士事務所内で電話に出ています。相手は知り合いのヤクザの模様。「今何してんの? えっ? ヤクザ辞めて食ってけんの? ははは」
山之内氏の事務所は、最盛期には5人の事務員がいたものの「給料が払えなくなった」という理由で、今は山之内氏と同年輩くらいの女性一人しかいません。山口組から莫大な顧問料をもらっていたのではという問いにその人は「月10万円だよ。ヤクザは今お金ないもの。」
山之内氏の事務所の経営が苦しくなったのは、山之内氏が脅迫で起訴されて、実に6年間も裁判で戦っていたため。宅見勝(後述)の事務所の近隣住民に数千万円を要求したというものでしたが、警察の証拠のでっち上げなどもあったらしく、150人の弁護団が組織され、97年に無罪判決に。しかしその後、新規の仕事の依頼が激減してしまうことに。
ミナミの帝王の法律監修を手掛け、三浦友和主演で映画化もされたルポルタージュ「悲しきヒットマン」を執筆した人物でもあります。「ヒットマンという言葉を広めたのは私なんです」と笑う。
山口組の顧問弁護士に
四代目山口組の若頭補佐に就いた宅見勝の誘いで、1984年、山口組の顧問弁護士に就任。分裂してできた一和会と山口組との山一抗争がはじまることもあり、否応なしに世間に注目されることになります。
大阪・黒門市場にかつてあった魚屋の次男。母親が小さい頃に家を出ていったという自身の境遇もあり、一度ドロップアウトしたところから再起を図ろうとするヤクザに共感するところがあるのが、ヤクザの弁護をする理由かもしれないと言います。
1987年には大阪弁護士会より、「暴力団の顧問は弁護士の品位を害する」という理由で懲戒処分を受けることになります。
禁錮以上の刑が確定すると弁護士資格を失う
著作活動をしながら弁護士活動を続けていた2013年、大阪府摂津市で依頼人の男に事業をめぐって紛争中だった会社の倉庫の扉を開けるために壁を壊すようそそのかし、壁を破壊させた建造物損壊教唆罪で2014年4月に在宅起訴され、2015年1月に大阪地裁は懲役10月執行猶予2年の有罪判決を下し、2015年11月19日に最高裁で確定。この判決により弁護士資格を失います。
なおこの判決について山之内氏は、「暴力団山口組の顧問弁護士であることを理由にした不公平な起訴」と主張していました。
参考:「山口組守護神」弁護士の顧問料は「月20万円」 有罪判決に開き直り? 会見でぶちまけた裏社会との“あぶない関係”
映画の中で、(おそらく)2015年1月の判決当日の様子が映り、裁判所に赴く前に事務所で「たぶんあかんやろうなあ」と事務員の方を話をしています。
その予感は的中し事務所に戻るなり「あかんかった」とあっけらかんと笑ってみせています。
昔の事件も今回の事件も、暴力団の顧問弁護士を潰すためのフレームアップだと山之内氏や山之内氏の弁護人は考えているようです。
▼山之内氏が在宅起訴された時のニュース動画
ヤクザをやめてどうなる?
映画の最後、事務所の3階で川口会長に向かってスタッフが聞きます。
「(ヤクザに人権がないと感じるなら)ヤクザをやめればいいんじゃないですか?」
「やめて誰が受け入れてくれる?」と鋭い目つきで答えが返ってくる。
感想
やはり大手スポンサーがいなくて、またミニシアターだからこそ上映できる「濃い内容の映画」だったなと思いました。正直マスコミのみなさんにはこういうのをどんどん作って欲しい。難しいとは思うけど。
部屋住みの若い男の子と舎弟のおじいちゃんヤクザが年末に酒を交すシーンなんて、ほんとうの親子あるいは祖父と孫のように見えました。
ちなみにこの男の子、実話系雑誌に載った川口会長と作家の宮崎学さんの対談を読んで感銘を受けてヤクザの門を叩いたようです。実家から宮崎学さんの「突破者」だけを持って。
しゃべり方や話の内容から判断するに、彼は学校という社会の中で孤立していたのではないかと。
学校含めて日本社会は自分と違う「異質」な存在を排除する息苦しい社会で、ヤクザの世界はそうではない。だからそこに理念的なものを見出してやってきた。
ヤクザになりたいとやって来て、当時はまだ未成年だったため一旦は追い返す。そして20歳になって再度東組の本家に行って、清勇会に置かれることに。
正直組側としては彼を受け入れるメリットはないのに、メリットがあるかどうかで判断せず、とりあえず置いておくという。疑似家族ですね。日本から失われようとしている家制度が、ここではまだ色濃く残っているようです。
ただ、いい意味で演出、字幕がないので、人の声が非常に聞き取りづらかったです。周りのノイズを拾っているようで。
今後ドキュメンタリー映画を観に行く際は、メモ帳を持っていこうと強く感じました。
DVD・BD化はおそらく無理だと思うので、劇場に足を運ばれることをおすすめします!
ヤクザと憲法 映画情報
2016年1月2日(土)公開
監督:土方宏史
法律監修:安田好弘
プロデューサー:阿武野勝彦
公式サイト:http://www.893-kenpou.com/
■『ヤクザと憲法』劇場予告編
▼上映までの間、ラーメンを食べてきたよ
2016年3月5日 追記
暴力団対策法ができた後さらなる問題が
ちょうどタイムリーに池上さんの番組で暴対法について取り上げていました。
山口組分裂騒動を受けてのことのようです。
暴力団対策法施行後は、チーマーやカラーギャングなどのいわゆる「半グレ」が出てきたとのこと。
90年代半ばから後半にかけては大きな社会問題になりましたね。
池袋ウエストゲートパーク(IWGP)でも描かれていました。
個人的にはヤクザよりも2000年代に入ると表面化してきた「ブラック企業」の方がよっぽど反社会的だと思いますけどね。
2017年1月29日 追記
シアターセブン(※第七藝術劇場のワンフロア下の映画館)でアンコール上映されるというので行ってきました。人生で同じ映画を観るために二度劇場へ足を運んだのは初めてです。
しかもこの作品だけではなくて東海テレビ制作のドキュメンタリー映画が毎日日替わりで上映されるというではありませんか! 先週の土日と昨日も別の作品を観ましたよ!
【特集上映】 東海テレビドキュメンタリーの世界 16プログラム・21作品を日替わり上映
やはり人多い。小さな劇場はほぼ満席。昨年観たときよりも年齢層が若かったのが驚きでした。
自信を持っていえる。東海テレビのドキュメンタリーは面白い!